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大分地方裁判所 昭和36年(モ)268号 判決

申立人 福野竹次郎

被申立人 友永粂市

主文

当裁判所が昭和三十六年五月二十二日為したる仮処分決定(昭和三十六年(ヨ)第六六号事件)はこれを取消す。

申立人のその余の請求はこれを却下する。

申立費用は被申立人の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

申立代理人は、申立人被申立人間の大分地方裁判所昭和三十六年(ヨ)第六六号事件につき昭和三十六年五月二十二日為された仮処分決定並に同決定に基き為したる執行はこれを取消すとの判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

(一)  被申立人は申立人を相手方として別紙目録記載各物件の所有権保全のため大分地方裁判所に仮処分申請し、保証金五十万円を供託し別紙記載の内容の仮処分決定を昭和三十六年五月二十二日に得た。而して同月三十一日同裁判所執行吏三重野勝馬の執行代理人二宮一によりその執行を為した。

(二)  取消事由

被申立人は右決定に基き右執行を為すに先立ち執行吏坂本鶴喜に執行委任し昭和三十六年五月二十三日執行に着手したが、別紙目録記載第一の各物件の多くは同目録記載家屋の従物であつて申立人が同家屋と共に昭和三十六年五月十五日訴外大井不動産株式会社に売渡し既に同家屋の移転登記も完了し申立人にはその所有権は勿論占有権もなかつたので右執行に際し申立人はその旨右執行吏に申立てた。執行吏は右事実により第一の物件に対する執行は不能であると判断し、同目録第二記載の物件に対し執行すべく公示手続の準備のため被申立人方に到り右事実を同人に告げたところ、被申立人は執行の主目的が達せられないから右第二の物件のみに対する執行は意義を持たないとし、仮処分申請を取下げ執行をしないことにする、ついては供託した保証金五十万円を取戻したいから保証取消につき申立人の同意を得たい旨坂本執行吏に申出でたので、同執行吏は被申立人を代理し同月二十四日申立人方に於て右被申立人の意思を伝えた。申立人は仮処分申請を取下げ執行をしないのであればこれを承諾してよいと思い、同執行吏の携行した保証取消の申立書に同意する記載をなし、抗告権抛棄書を作成し交付した。

被申立人は右書面を受取り坂本執行吏に対する執行委任を解除し同月二十六日保証取消決定を受け即日保証金五十万円の取戻を為した。然るに仮処分申請の取下げをなすことなく前約定に反し本仮処分決定に基き前記の如く別の執行吏に委任し執行を強行してしまつたのである。

別紙目録記載第一の家屋はもと所有者倉田譲より申立人が公売により競落取得したもので同目録記載の各物件がその従物として右家屋の処分に随伴するものか否かについては申立人被申立人間に大いに争の存するところであるが、それはともかく当事者間に仮処分申請を取下げ執行を為さないとの合意が成立したのであるから本件仮処分決定はこの合意により取消さるべき事情の変更を生じたものである。

仮りに然らずとしても、被申立人は坂本執行吏を通じて前記の如く申入れ、申立人をして仮処分申請を取下げ執行を為さないものと誤信せしめ担保取消に同意せしめたのであつて、かような誤信なくば申立人が担保取消に同意する筈はない。被申立人の本件執行は申立人を欺罔して担保権を喪失せしめ計画的手段を弄しての悪質な執行で信義則に反し権利の濫用と言うべきものであるから仮処分決定そのものを存続せしめる事由が消滅したものと解すべきであるから取消すべき事情の変更を生じたものである。

立証として疏甲第一乃至第十三号証を提出し、証人福野礼三、坂本鶴喜、申立人本人の尋問を求め、乙号各証の成立につき第一、二号証は不知、第三号証は官署作成部分の成立を認めるがその余は不知、第四、五号証は認めると述べた。

被申立代理人は、申立人の本件申立を却下するとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

申立人主張の(一)の事実、(二)のうち坂本執行吏に委任し主張の日に執行に着手したこと、主張の如き部分の執行が不能であると同執行吏に告げられたこと、同執行吏に依頼し担保取消につき申立人の同意を得たこと、同執行吏に対する委任を解除し、担保の取下を得たこと、執行吏三重野の代理二宮による執行について担保を供託せずなしたことはいずれも認めるがその余の事実は否認する。

被申立人が右の如く坂本執行吏を通じ申立人より担保取消の同意を得ながら別の執行吏に委任して執行を為すに至つたのは次のような事由による。

別紙目録記載各物件は昭和三十年九月十日訴外倉田譲より被申立人が金二百万円で買受けたものであつて、その後に倉田に対する大蔵省の公売処分により別紙目録記載第一の家屋を競落した申立人は右事実を充分知つており被申立人にその買取希望を申入れていたものである。にも拘らず申立人は右家屋を訴外大井不動産株式会社に売渡すに当り本件の別紙第一の各物件をも含むものとして売渡し右訴外会社に引渡される虞があつたので所有権保全のため本件仮処分決定を得、これを得るについて被申立人は自ら右家屋は倉田より右訴外会社が買受けその所有権移転登記をも経ているが、本件の別紙第一の各物件は従前より被申立人が買受け所有するもので従物ではない旨を力説したのである。仮処分裁判所はこの点を認めて本件決定を発したに拘らず坂本執行吏は申請人より別紙第一の各物件が右家屋と共に前記訴外会社の所有に帰し引渡も終つている旨聞かされ、この一事を以て執行不能と断じたのである。被申立人は坂本執行吏のこの処置に大いに不満を抱き執行方法に対する異議申立をすることも考えたがむしろ一旦執行委任を取消し改めて他の執行吏により執行をすることが迅速且賢明な方法であると思い他面本件に関し示談解決を所期していたので担保金員を無駄に遊ばしておくことは好ましくないと考え坂本執行吏に対し前記のとおり所要書類を交付して担保取消の同意を得たのである。その際同執行吏に爾後本仮処分決定による執行を為さないと言つたことはなく従つて申立人にさようなことを伝達するより依頼したこともない。申立人がそのように受取つたかも知れないが被申立人はさような意思表示をしたことは全くないのであるから申立人が取消事由の一とする仮処分申請を取下げ執行をしない旨の合意が成立するわけがない。

右の如くであるから被申立人がその後に為した本件仮処分執行に何等違法の点はない。保証の取消につき申立人の同意を得た以上その後の右執行に担保提供を要しないことは言うまでもない。必要とあれば即時前記保証金を供託する用意がある。

要するに本件執行は前の執行吏坂本が不当な解釈のもとに執行不能としたので被申立人の正しい権利の実現を図るために為したものでこれを信義則に反し、権利濫用と言うは当らない。

立証として疏乙第一乃至第五号証を提出し被申立人本人の尋問を求め、疏乙第十一、十二号証の成立は不知、その余の甲各号証の成立を認めると述べた。

理由

被申立人が申立人を相手方とし大分地方裁判所に仮処分を申請し主張のような決定を得て保証金五十万円を供託しその執行を坂本執行吏に委任したこと。同執行吏は昭和三十六年五月二十三日物件所在地に臨み執行しようとしたところ債務者である申立人より別紙第一の各物件はその一部を除く大部分を既に申立人より大井不動産株式会社に対しその家屋と共に売渡し申立人の所有ではなく又占有するところでもない旨申出があり、同執行吏はその執行を不能と判断し第二の物件の執行に着手したこと。右執行吏より右部分の執行不能を告げられた被申立人は同年同月二十四日同執行吏に対する執行委任を取消し、同日執行は取消され、同月二十六日被申立人は右執行吏に依頼し前記保証金の担保取消につき申立人の同意を得その取下をなしたこと。その後被申立人は本件仮処分決定に基き保証供託することなく他の執行吏に委任し再び執行をなしたことは当事者間に争がない。

成立に争のない疏甲第二号証、証人坂本鶴喜の証言及びこれにより成立を認め得る同第八号証、申立人本人尋問の結果を綜合すれば、坂本執行吏は昭和三十六年五月二十三日別紙第二物件に対する執行準備のため被申立人方に至り別紙第一の各物件に対する執行が不能であることを告げたところ、被申立人は仮処分の重要部分につき目的を達し得ないから第二の物件のみに対する執行は意味がないとして右執行不能の処置に不満を抱いたが、同執行吏より執行不能の状態で保証金五十万円を供託して置くことは無意味であるから執行を取下げ右保証金の還付を受けることを考えてはどうかとのすゝめを受けたので被申立人はこれに従い前記の如く同執行吏に申立人に対する交渉を依頼し、同執行吏は執行を取下げる意思であるから担保取消に同意して貰いたいと申立人に申入れその同意を得たことが認められる。

被申立人本人の供述中には右認定に反するところがあるが、保証金五十万円の供託は本来本件仮処分執行の条件として定められたものであつて、前記のように主要物件につき執行不能とせられた状態のもとで、その担保取消の同意を相手方に求めることは、他に特段の事情の存しない限り担保の取戻を受けて仮処分の執行をとりやめること即ち本件仮処分決定による執行を為さないとの意味に理解されることは多言を要しない。申立人に於て後日再び執行を受けることが予知せられるに拘らず保証取消に同意し自ら担保権の喪失を甘受すべき事情は本件に於て存在せず、単なる担保取消のみにつき同意を求めるものであるとすれば申立人がこれに承諾したであろうとは考えられない。被申立人の供述に於ても右同意を得た後司法書士より前記執行不能の処置は不当であるから再度執行を行えば目的を達する可能性があること、再度の執行については既に担保取消の同意を得ているから無担保で為すことができるとの見解を聞知り前記の如く別の執行吏に委任し無担保で執行をするようになつたのであることが窺えぬでもないのであつて、右担保取消の同意を求める当時より後日再び他の執行吏により無担保で執行することを予期し計画的に担保取消の同意を得ることを策したのであるとは解せられない。

要するに被申立人と申立人との間に前記担保取消の同意に際し本件仮処分決定による執行を為さないとの合意が成立したものと言える。而してこの事実は本件仮処分決定を存続せしめる事由の消滅を意味するから申立人主張の爾余の事由につき判断を加えるまでもなく仮処分決定の取消を求める本件申立は正当として認容することができる。

申立人は仮処分決定による具体的執行処分の取消をも求めているが、執行処分の取消は認容せられた本判決の執行力ある正本を執行機関である執行吏に提出して求むべきであり、直接執行処分の違法を理由とせず事情変更を理由として仮処分決定の取消を求める本訴に於ては右申立は失当であり却下を免れない。

よつて民事訴訟法第八十九条、第七百五十六条の二を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄)

別紙

被申請人の別紙目録表示の設備および物件に対する占有を解き申請人の委任する大分地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は被申請人が右設備および物件に対し改造、模様替等一切の工事をしないことを条件として、被申請人にその使用を許すことができる。

被申請人は、その占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

執行吏は、その保管にかかることを適当な方法で公示しなければならない。

第一目録

別府市大字別府七九二番地

家屋番号海門守二番の二

木造瓦葺弐階建店舗 壱棟

建坪五〇坪一合二勺外弐階四〇坪三合

内になされまたは設置しある

一、電気設備一切(ネオン設備一切を含む)

一、水道設備一切(洗面手洗設備一切を含む)

一、瓦斯設備一切

一、水洗便所設備一切(付属電動機およびその設備を含む)

一、電気冷蔵庫並に電動機、冷凍機設備一切

第二目録

別府市大字南石垣三四番地の七

家屋番号南石垣二九九番の二

木造瓦葺平家建倉庫 壱棟

建坪六〇坪

同所同番地

本造瓦葺平家建居宅 壱棟

建坪一一坪二合五勺

内に設備しある

一、電気、水道設置一切

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